塾講師の研究所
通っていた塾では、白地に赤い文字で「合格」と書かれたハチマキをしながら受験勉強をした。
周りの先生からは、志望校の合格だけを期待され、高校で何をするのかというのは一切聞かれなかった。
いざ高校生活が始まると、私はそれまでのリバウンドからか、ほとんど勉強しなくなった。
勉強は受験勉強だけで終わった気になっていた。
これは大学入試でも同様だった。
入試の半年前から予備校に通い出した私は、とにかく合格だけを目指して受験勉強に励んだ。
そして、無事合格すると、急に今まで張りつめていた緊張感が断たれ、浮ついた気持ちで学生生活を送ってしまっていた。
そして、今年から始まった就職活動。
街の書店には「内定攻略本」の数々が平積みにされ、さも内定を取ることがすべてのような風潮のなかで、私自身も無意識のうちに内定だけに目がくらんでいた。
そんなとき、私はある言葉に出合った。
「終わりの始まり」これは、私の通う文章教室で、講師の方がおっしゃった言葉だ。
私はこの言葉に衝撃を受けた。
なぜなら、いままでの自分に決定的に欠けていた考えだったからだ。
一つの目標を達成したら、そのことに満足するあまり、その後の努力を私は怠っていた。
これからの就職活動で、内定を頂くときが来るだろう。
だが、そこからが本番なのだ、と今は思える。
内定が出てから入社までの間に、気を抜かずに努力を重ねていくことが、社会に出たときの自分を後押しするだろう。
そして、信念を持って働いていきたい。
終わりの始まり私の考えを変えた言葉だ.このU君が最初、私のクラスに入ってきたときのことは今でもよく覚えている。
サンダルを突っかけ、まるでビーチ気分で座っていた。
「内定を取るためだけに来たのなら帰ってくれ。
ここは、この社会を少しでもいい方向に変えたいと思っている若者を育てる場だ」という意味のことを話した記憶がある。
我ながら気恥ずかしいが、その思いで文章教室を始め、十年間、一貫してきた。
私は、単なる文章テクニックだけを教えるつもりはさらさらない。
書くことを通じ、考える力を養い、視野を広げ、他者を思いやる優しい気持ちや自分自身の心を耕していってほしい、と願っている。
ついでに言うと、私のクラスでは私語はまったくない。
関西在住のある作家が大学に講演に行ったとき、大きな階段教室で、両端の学生同士が携帯電話で話していた、とあきれていた。
小学校の学級崩壊が大学にまで及んできたのか、それとも、大学から波及して?行ったのか(まさか!)。
今は将来に夢を持てない時代かもしれない。
学生たちと話していると、こちらまで何だか寂しくなってくるときがある。
棺おけに片足突っ込みかけている(コラッ!)私の方が気が若いのではないか、と思うこともしばしば。
堅実といえば超堅実なのだが、発想に面白みが欠けているような気もする。
言うこと.なすこと、他者見合い。
人のすることを横目にウロウロしている、と言えば言い過ぎか。
年明けの新聞に「就職先、やっぱり大手志向」の見出しが躍り、人気企業ランキングが掲載されていた。
いつものあれだ。
別にケチをつけるつもりはないけれど、私たちの学生時代に飛ぶ烏を落とす勢いだった企業はいまや、影も形もない。
時は移り、人は変わる。
重ねて言う。
シューカツ期こそ、目先のことに戦々恐々としないで、じっくり自分自身と向私の夢は、「老後に快適な生活を送ること」である。
平凡な夢かも知れないが、今はこれしか思いつかない。
どうしてこんな平凡な夢かというと、今の社会の状況から判断したからだ。
老人の孤独死、年金不安、そして老後に快適な生活を過ごせるか分からないといった社会不安が蔓延している。
さらに、最近厄介な問題が発生している。
それは、熟年離婚である。
年金の受給資格を得ると、妻がいきなり離婚を申し出るというのである。
今でさえ、こんな状況なのだから、50年後には、もっとひどい状況になっているはずである。
考えるだけで不安になる。
老後の快適な生活も人によってさまざまであるが、私の理想は「生きていて幸せ」とつき合ってほしい。
あるとき、そのものズバリ「夢」という作文を書いてもらった。
公務員志望の男子学生の思える生活である。
この生活を土台にして、人生で挑戦してみたいと思ったことを、老後にやってみたい。
私の理想を現実にするために、自分の人生について常に目標が必要だ。
まず定年までしっかり働く。
そのためには、体調を自己管理する能力が必要になる。
近年、生活習慣の変化により、病気になる人が増えているそうだ。
若いときから体調を管理するのも、病気予防のために必要だ。
私は、老後を一人で過ごしたくないと思っている。
妻、子ども、孫に囲まれた大家族で、幸せに暮らしたい。
家族から嫌われて、邪魔者扱いされる生活なんて耐えられない。
そうならないために、家族の状況や様子を常に把握し、自分の人間的魅力を高める努力も必要になる。
これらの努力は、若いときからの積み重ねにより、後に大きな財産となるはずだ。
よく友人から「老後の生活を今、考える必要はない」と言われる。
しかし、私は不器用な人間なので、今から理想の生活に向けての努力をしなければ、と思う。
努力しなければ理想の生活は手に入らない。
人生は甘くない。
みなさん、この作文を読まれてどのような感想をお持ちですか?まだ二十歳を少し出たばかりの彼が、夢は「老後に快適な生活を送ること」と、きっぱり言い切ったのだ。
私は一瞬、「じゃ、老後までの長い人生はいったいどうなるの?」と叫びかけた。
老後までの道のりは単なる「つなぎ」なのか。
60、70、さらに80歳まで生きる道中には、好むと好まざるとにかかわらず、さまざまなことが起きるだろう。
彼も一応、「まず定年までしっかり働く」と書いてはいるが、仕事を通じた自己実現の方法などには一切触れていない。
何十年後か、たとえ退職金が出ると仮定しても、それを当てに、これから生きていくのだろうか。
公務員の役割は、子育ては……、全力で取り組まなければならない人生の課題・難問は山積している。
それらをひたすらやり過ごして、ハッピー・リタイャメントに持ち込もうという作戦なのか。
彼はまた、「人生で挑戦してみたいことを、老後にやってみたい」とも言う。
大家族に囲まれた幸せいっぱいの暮らしとともに、一方では挑戦者にもなりたいそうだ。
その意気は買う。
しかし、若い頃にチャレンジしなかった者(挫折体験のない者)がそんなに簡単に冒険に踏み切れるのだろうか。
何十年も守りに徹してきた人間が、一夜に攻勢に転じられるのか。
人それぞれの見方・考え方があっていい。
当然のことだ。
兼業農家の長男である彼は、農繁期には稲刈りなどを汗まみれになって手伝っているという。
見た目も質朴な好青年だ。
私が、彼の人生にとやかく言うことではもちろんないが、それでも、「挑戦するのなら、今ではないか」との思いが強い。
なぜなら、私たちはだれしも、明日の社会に一端の責任を負っているからだ。
彼の「老後」を住みやすいものにするためにも、「快適な生活」を保障するためにも、ここはぜひ若い人たちにひと汗かいてもらいたい、と思う。
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